職サークル

内定が出る12のヒミツ

03.OB訪問はまず親に

今回のコラムでは以下の【OB訪問できない理由】を解消していきます。

1.気軽にお願いできる、社会人の知り合いがいない
2.周囲にいない場合、どう社会人と接点を持てばいいかわからない

下記、職サークル運営事務局・株式会社パフ社員(外国語大学卒、2009年入社)の体験談をご紹介します。

☆ ☆ ☆

大学3年生の冬。留学から帰ってきて半年以上が経った。

合同説明会では物足りない。個別で話を聞きたいと思った。しかし、周囲に気軽にお願いできる社会人など、自分にはいない。

なぜなら、部活もやっていない。サークルはすぐやめた。一応、中国語科は学年を超えた交流の場が何回かあったがそんなに顔も出していない。

つまり、同世代としかコミュニケーションをとっていない状態だった。社会人の知り合いなどいようはずもない。

「まいったな…これじゃOB訪問する相手がおらん!」

☆ ☆ ☆

ちょうどそんな時。

ある中小企業でインターンをしていた友人が「インターン先の社長から、親と仕事の話をしてみろと言われた」という話をしてくれた。

ほほう。それはいい。自分の親なので、志望業界などは関係なく、気軽にお願いできる。

いや、ちょっと待てよ。

父は広島の零細企業で働いている。僕が行きたいような東京の大手企業への就職活動事情など、絶対知らない。

しかも、企業の面接では「10年後の自分の目標は?」とか聞かれるらしい。
「なりたい自分」を決めて、逆算して行動し、実現するのが正しいそうだ。
(そもそもなりたい自分なんて自分自身でもわからない)

しかし、父は若いころミュージシャンを目指していたが、挫折した。なりたい自分になれなかった。今の仕事は自分が望んだものでもなんでもないはずだ。

それでも、聞いてみる意味はあるのだろうか?

不安がよぎったが、他にあてもないので、思い切って聞いてみることにした。

このために広島の実家に帰るようなお金の余裕は無いのでスカイプで話をすることにした。

まじめに父の仕事のことを聞くのは初めてのことだ。照れくさい思いもあったがこれまでの仕事人生のこと、どういう思いで仕事をしてきたかなどを聞いてみた。

☆ ☆ ☆

話が終わった後、父に対する見方を根本から改めようと思った。

当時フリーターという言葉は無かったが、父は27歳まで音楽活動を続けながらバイトをしていた。「時代を先取りして」今でいうフリーターのような暮らしをしていた、と冗談交じりに語った。

しかし、結婚が決まったとき、父親(私の祖父)に「いい加減にしろ」といわれ夢を断ちサラリーマンになった。

もちろん、サラリーマンとして働くことは、父にとって本意ではなかった。
何度か転職を繰り返した。

しかしあるとき「家族を支え、子供を立派に育て上げることが自分の人生の使命ではないか」と思うようになった。若い頃思い描いた「夢」は叶わなかったが、もがいているうちに自分の人生の「はまりどころ」が見つかったのだという―。

正直に白状すると、父のことは「いつも母とけんかばかりする、反面教師」ぐらいに思っていた。

それが。

20年以上も「働く」事を続けてきた人の言葉はこんなにも重みがあるのか。
(父には失礼だが、あえて)「凡人として生きる誇り」の様なものを感じた。

☆ ☆ ☆

最後に、僕が「今後も社会人と話をしてみたいと思っている」と話すと「母さんのいとこが、東京の大手化学メーカーで働いてとるけん、連絡取ってみい」と言ってきた。

おお、親戚(私の両親以外)はみんな広島の公務員だと思っていたが、まさか東京で働いている人がいたとは。

私は、母のいとこを訪ねていくことになった。

☆ ☆ ☆

【OB訪問したいがハードルが高くてできないあなたに】

1.まずは周囲にいる社会人と「仕事」の話をしてみよう。
教授・バイト先・卒業した先輩など誰でもOK!
「志望業界じゃない人でなければ話を聞けない」という思い込みは捨てる。まず会社や業界を知らないと志望も何もない。

2.周囲に気軽にお願いできる人がいなければ、まずは両親・親戚と「仕事」の話をしてみよう。

3.最初に捕まえた人から、次の社会人を紹介してもらおう。
当たり前だが、社会人は社会人とつながっている。

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